「大銀河 曳かるる厳 鯨松」シマを偲ぶ俳句

浜口 勝久(兵庫県在住、小湊出身)氐の紹介で榊 秀樹(鹿児島在住、小湊出身)氐の俳句が小湊小学校と小湊集落に各三句送られてきました。
福祉館の入って左壁に掲示しています。
榊さんの俳句は奄美市だよりにも掲載(7月号)されています。

小湊小学校に掲示されています
小湊福祉館に掲示されています

「花ゆうな 島の方言 子は知らず」

 「ゆうなの木のしたで」という徳之島の 子守唄があります。
子どもの幸せと成長を願う唄です。
しかし、大きく育った子ども達は今や島の方言を語ることもなくなりました。
島の文化が細っていくようで寂しい限りです。
でも、それは島を飛び出す一歩なのかもしれません。

「小鳥来る 里に九人の 学びの子」

 全校児童が9人とは本当に少なくなりました。
それでもしっかり学んで欲しいですね。
今年も小鳥たちは里に下りてきています。
小鳥たちの求める何かが里にあるのです。
子どもも小鳥も里の暮らしの中で大きく育っていきます。

「少年の 夢の残照 阿檀の実」

 少年は遠くを眺めるのが好きです。空を海を山を。
砂浜の阿檀林で基地を作り木の棒を振り回していた少年時代。
いつしか水平線の彼方を思い遣るようになりました。
自立への思いを深くするのです。
阿檀の実がゆっくりと色づいてゆきます。

「海人の 天の一瀑 島岬」

 新聞で「九州一の滝の発見」と沸いた時期があります。
しかし海人はとうの昔から「クルキチ」といって滝の存在を知っていました。
それでも世に知られてから、改めてその存在の大きさと価値を確かめることになりました。
天からの賜り物として誇らしく思います。

「大銀河 曳かるる厳 鯨松」

 小湊の景勝の一つに鯨松があります。
鯨が引っ張って来たという伝説が残っています。
しかし、秋の浜辺で眺める鯨松は、ひよっとしたら天空より銀河に沿って曳かれてきたのだというロマンに誘われます。
それをナトの神とトマリの神が手招きし引き寄せ合ったのだと。
ただその松も40年前に枯れてしまいました。

「潮騒の まづ聞こえ来る 墓参りかな」

 シマを後にした者は、帰省の際にまず父祖の墓に参拝します。
灼けた墓石を撫で水で清め、手を合わせます。
そのとき潮の香とともに潮騒を胸深く留めるのです。
シマを後にした者の痛恨と感謝の気持ちを込めて。

詠み人 榊 秀樹 (鹿児島在住 小湊出身 小湊小 第14回卒)

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