鯨松

松のあった頃の鯨松

昭和50年10月に撮影された鯨松

鯨松と呼ばれる磐(いわ)が、大川河口のトマリにあって、巨大な磐に綺麗な松が生えている。小湊の風景を代表する見事な磐である。雨風にさらされて今なお威風堂々たる鯨松には、次のような伝承がある。

鯨は綺麗な松の生えた磐を背負って、澄み切った青い海原を悠然と泳いでいた。そして、鯨は磐をどこか定着する場所はないかと湾に近づくと、遥か彼方のトマリの方で手招きする様子が見えた。鯨はこれは幸いと近づいて見ると、ナトの方でも、手招きしているのが、見えたので、戸惑ってしまった。

ナトの女神と、トマリの男神は、枝振りの良い綺麗な松の磐に惚(ほ)れて、共に自分の方に来るようにと、懸命な手招きをし始めた。鯨はナトの方と、トマリの方との行き来をし始めた。ナトの神様は、髪を乱して帯や腰紐が解けるのもわからない程、無我夢中に手招きをした。鯨はナトの盛んな手招きを見て、ナトの方へと近づいて行った。

それを見たトマリの神様が、不思議に思ってナトの方を見ると、ナトの神様が狂気な姿で、手招きをしている。そこで、ナトの神様に「腰紐が解けて見苦しいぞ」と、きつく注意を与えた。ナトの神様は注意されて、取り乱した自分を見て、恥ずかしい思いですぐに見繕いを始めた。その間、手招きが止まった。

トマリの神様は好機到来とばかり、懸命に手招きを繰り返した。鯨はナトの手招きが止まったので不思議思い、トマリはどうかと振り向くと、トマリで盛んな手招きが見えた。鯨はトマリの神様の所に近づいて、大川河口の現在の所に止まって魂も力尽き果たして、磐の下敷きになって死んだと、言う話である。

そして、言い伝えとして、毎年、正月には、子鯨が親を慕って来て、磐の近くで泣く様子を見ようと、村人たちがトマリの方に集まったと言われている。

※ナトの神様は小湊の厳島神社(市杵島姫命) =女神様で、トマリの神様は前勝の金毘羅神社=男神様です。